2000/05/20

君はすごいベイビーを生んだよ

「KBとの再開」「キヨシロー 30 周年」「Mの体重」「高血圧問題」「病院カンヅメ開始」

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■ 00/05/20(土) 12:49:37 □ KBとの再会 ====================================

 バンクーバーダウンタウンのホテルで、旅行中のかつてのバンドメンバーKBを拾う。6〜7年前に会ったときと変わりない。腹は減っていないというのでキッツ公園から UBC、ショーナシー、オーガニックフードストア(やはり食い物関係は面白いらしい)と俺が案内できるところを連れて回り、キッツのレストランでゆっくりと話す。一番聞きたかった、「いったいKBはなにをやってるのか」を聞いてみた。お前が詩も小説も書いてないなんて考えられないよ。

すると奴は、「うーん、単にレイジーにやってるんだよ」といっていた。インプットは学生時代と変わりなく、普通の人の10倍くらい取り込んでるが、アウトプットするのを単に怠っているんだと。ふむ。なるほど。いやまあ表に表現するものだけが人生で大事なわけではないから、それならそれでいいのだよと俺がいうと、彼が会った北海道の老絵描きについて面白い話をしてくれた。

 ホテルの駐車場に車を入れ、それじゃここでと別れを告げる。ほんとはもっと話したいという気持ちが込み上げてきて、KBの肩を抱きすくめ、また今度、次はもっとゆっくり会おうという。「俺は長生きするよ。だからまた会おう。ここまで来たら、あらゆるものを見て聴いてから俺は死にたい」とKBは答えた。はは、OK。名残惜しさに切りをつけるため、俺は急いで車のドアを閉め、駐車場から雨の路上に出た。

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■ 00/05/21(日) 11:59:53 □ キヨシロー 30 周年 ====================================

 キヨシロー 30 周年ライブというものを聴いた。「Freddie Marquree Tribute」と同じ趣向で奥田民生、矢野顕子、CHABO、井上陽水という面々が RC の名曲をやっており、1曲目の奥田民生(のパートのみ)がすごくて興奮したのだが、1枚目を聴き終わる頃にはメンバーの質がえらい低いなあとがっかりしてしまった。俺が知らないいまどきのバンドが多く、それがよくないのである。どこにでもいるコピーバンドというレベルでしかない。すごくヘンで面白いバンドもあったけど、そのほかのバンドには「なんでこんな一般人と仲良くしてるんだろうキヨシロー」という不可思議さを覚える。昔の近寄りがたさ(って近寄ったことがないから知らんが)はなくなってしまったのだろうか。あの頃の俺たちがここに出ていても不思議ではないというくらい、キヨシローのカリスマ性が落ちてるのを感じる。

 CHABO が出てきて「いい事ばかりはありゃしない」を歌うと、やっぱりここまで出ていた一般人とは全然違う、骨格が違うくらい違うと思った(CHABO の音楽自体はさほど好きでもないが)。そして登場したキヨシロー自身もやっぱりイイ。昨日音楽的にはバンクーバーはあまり面白いところじゃないとKBに話したけれど、キヨシローがいる東京と、その東京を訪問して機械文明うんぬんとニューミュージックのように的外れな批判歌を作ったブルースコバーンしか住んでいないバンクーバーでは、音楽の面白さが違う。ぼこぼこ出てくる新しいバンドを見に若者がずんこずんこと電車で移動する日本の方が、若者がレイブでストーンしているカナダよりも、こと音楽にかけてはエキサイティングだろう。

 だけど、コンサートを通して興奮はほとんどなかったな。スティーブクロッパーを呼んで、彼のために2曲もオーティスをやったあたり、気遣いのキヨシローという感じだった。そんな風にしなくてもいいのに。そのオーティスナンバーはよかったけれど、だけどオーティスなんかより、俺たちは聴きたい RCの歌がもっとたくさんあるのに。

 奥田民生のバックでキョンがキーボードを弾いていた。ここにどんとがいたら、チンケな連中を吹き飛ばしこのコンサートの和気あいあいさをぶち壊してしまうくらいの歌を歌ってくれただろうなあと切ない気持ちになった。昔WOWOW のライブ番組で、一緒に歌った泉谷がまるでかすんでしまうエネルギーを見せてくれたように。そんな人って、もう日本にはいないんだろうか。

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■ 00/05/23(火) 14:32:31 □ Mの体重 ====================================

 ドクターアポ:予定日まであと3週間。すでにベイビーがエンゲージ(engagement of head : 児頭下降)しているように感じるとMは楽しみに出かけたのだが、前回よりも上がってしまったといわれて非常にがっかりしていた。もう心身ともに妊娠状態に疲れ果てている。ベイビーはもういつ生まれても万全といわれているのに。ふー。

 Mの体重を日本式に計算してみると、

73.00kg/(1.6*1.6)=28.52

 となる。20〜24 に収めよと日本の本は推奨しているので、かなりオーバーだ。が病院でもクラスでもMはおなか部分以外は妊婦の中で一番やせた部類に入るので、カナダでは血圧などに異常がなければよしとしているんだろうな。Mに聞いてもみたが、カナダでは体重は特にうるさくいわないらしい。

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夜出産クラス3時限目。全編麻酔についての話だった。Mは今は痛みに対する恐怖よりも、時間に対する苛だちの方が強いようだ。いつになったらベイビーが降りてくるのか、陣痛が始まったらすぐに産道が開くのか、その他。誰にも分からないことだけに、イライラしている様子。

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■ 00/05/30(火) 12:09:01 □ 高血圧問題 ====================================

 Doc Appo。予定日まであと2週間、ベイビーはほぼ定位置についたようなのだが、Mの血圧が上昇していることが判明。これまでになかったことなので、ことによると体がもう妊娠に耐え切れなくなり信号を発している(妊娠中毒症)のかもしれないといわれ、血液検査を行う。この結果次第では、明日にも出産を誘発することになるかもしれない。俺の心の準備はできているようでまだできておらず、それを聞いているだけで心臓が早鐘、気分が悪くなってきそうだった。

 Mはしっかりしていて、出産が早まるならそれはうれしいとポジティブに考えてる様子。そう、前向きに考えれば、この臨月苦が2週間早く終わるわけなのだし。付き添いのみの俺がうろたえてどうするのだ。だがやっぱりこわいなあと思う。お産が軽くて済むようにと天に祈るのみ。ふー。

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夜出産クラスから帰ると、留守電にドクターの連絡が入っていた。テスト結果は、「心配に値するほどシリアスな結果」。明日入院しもう一度検査して、その結果をみて誘発出産(陣痛誘発剤の使用)に突入すべきという急転直下の事態になってしまった。もうベイビーは生まれる準備は十分できているわけだが、しかしまだこちらの心と体の準備が。

 あまりのフリーク(動揺)に泣き崩れるMを、いやいやいやいや大丈夫、君とベイビーの両方が元気なんだから、どのように子供が生まれようが俺たちはハッピーだと言い聞かす。この事態に「せっかくここまで万端の準備を...」などと考え始めたらまったく、止まる涙も止まるまい。それが身体に触らないわけがない。お互いに悪いことは考えまい、通常の出産と同じ準備をして、今夜はできるだけ寝るしかないのである。

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■ 00/05/31(水) 09:45:01 □ 病院カンヅメ開始 ====================================

 俺もMもほとんど眠れず疲れ果てて起床し、7時に病院に入り、2時間半が経過。血液検査を行い、その結果を待ちながらMはモニターをつけてベッドに横たわる。

 ここまで判明した情報では、Mの血圧が上がり血小板数が減り、HELP 症候群(妊娠中毒症の一種?)なのは間違いないとわかった。出産以外に解決策はないので、これ以上の悪化を防ぐために誘発出産開始となる。が cervix(子宮頚部)はまだ準備できていないため、誘発を始めても出産は明日になるだろうとのこと。誘発出産がうまくいかない場合は帝王切開となるが、血小板が減っていることにより出血の危険があるので全身麻酔と輸血準備付きとなり、それは避けたいとドクターはいう。これ以外はまだなにも分からない。なんともえらいことになったが、とりあえずMは疲労以外なんともなく、ベイビーもモニターの心音と動きからして元気一杯なので、時間が解決してくれるようにも思える。あとで仮眠を取ることもできるようだし。

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12:30 pm 12 時にようやくすべての検査結果が集まり、母子ともに現時点で危険はないが、出産しない限りこの後どうなるかは誰にも分からぬとの診断がくだる。よって誘発出産に突入なのだが、「二人とも昨夜寝てないので明日にできないか」と頼む。が、今夜血圧が急上昇しないとは限らず危険過ぎると却下。子宮頚部軟化剤による、昨日までは思いもかけなかった形での出産がついに始まってしまった

 そして数時間特になにごとも起こらず、Mは検査ベッドでただただ退屈に耐え、病院飯を食べる。俺も外に出て用を足し、戻ってきた頃にはなんか気持ちがほぐれてきた。昨夜から、いまこうして状況が分かるまでは、やはり不安と狭い3畳の診察室(単にカーテンで仕切られた部屋)にいることの物理的な居心地悪さで打ちのめされぎみだったが、「なんか俺たちはこの状況に慣れてきたね。飛行機で遠くへ旅行してるような気分だ。非快適だけど、我慢できないことはない」といって笑うことができた。

 3:30 pm そして待っていた出産室がついに空き、これから 24 時間を過ごそうかという場所へ移動。これがナイスで快適で大笑い。これならいいではないか。笑っているうちに首尾よくMの陣痛が始まる。ホテルにいるようにリラックスし、呼吸法だけで初期陣痛を逃がすM。グラフを見ると、軽い陣痛が非常に規則正しく起きている。

 6:31 pm サポート部隊のSH姉とLDが来てくれたので、俺は夜シフトとしてLD家に行き眠ることにする。眠れないような気がするが、ともあれ2〜3時間なんとかがんばろう。 8:30 pm 2時間熟睡して戻るとBV姉も来てくれていた。陣痛の状態に変わりなし。 10:30 pm、どうにかして少しだけでも眠らないともたないのでMは睡眠薬を服用し、しばらく眠ることに成功する。これで数時間眠れれば、いいほうに進むだろう。

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4:00 am 2時過ぎにMがいったん目覚めてトーストを食べまた熟睡し始めたので、4時にチーム3人はいったん帰宅となった。たった一人でMを見ているとやや不安だったが、しばらくして目が覚めたMを介抱してやっていると、これくらいなら一人でもなんとかなるなと思う。高血圧発覚からここまで俺は4時間しか寝てないわけだが、SHたちがいるあいだはずっとカウチで半分眠りつつ横になっていられたので、さほど眠くはない状態。いまは寝たほうがいいのだが。

 4時半頃ちょっと目覚めたMが、陣痛が腰に降りてきているという。それはベイビーが降りてきている証拠なのだろう。とりあえず今はMがどんどん眠ることができる状態なので、寝て体力を養うにしくない。5時Mは眠り直す。俺は6時くらいに眠りに落ちた。

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■ 00/06/01(木) 09:00:01 □ 急速誘発出産 ====================================

 朝、主治医ドクターが来て、すべては順調である、このまま行こうといわれる。うーむそうですかという感じなのだが、Mがよく眠れたと元気一杯になっていて助かった。朝飯の許可も出て(いつ緊急帝王切開に突入するか分からないので、胃を空にせよとこれまで命令されていた)パクパクと食べる。よおしこれなら大丈夫だ、彼女は出産してみせるなと感じる。

 10:00 そこでLDが来てくれたので、なにはともあれなにか食って仮眠しろといわれフジヤに行きおにぎりを買う。レジに行くと、「生まれた?」とおばさんに突如話しかけられた。俺たちを覚えていたらしい。「あれ? いやその、まさに今病院にいます」と答える。生まれたら、日本食を食べにつれてきますよ。

 家に戻りめしを食べて横になり、こりゃ本格的に寝てしまうなと思っていると電話がかかってきた。「血小板値が落ちちゃったわ。どうするか決めなきゃならないからすぐに来て」。数時間ごとに血圧と血液検査を続けていたのだが、その値が初めて悪化してしまったらしい。

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13:00 血小板値のせいで分娩が続行できないとしたら帝王切開だろうな。だけどまあ、ここまでの目指せ自然出産の努力は無駄になるとはいえ、それで母子が安全に行けるならいいではないかと陰鬱な気持ちで病院に戻る。

と話はそんなに単純ではなくて、問題は血小板値が落ちていることにより、もし出血が始まったら止め難いということなのであった。すなわち帝王切開も危険があるということである。なんと言ったらいいのか分からない。俺が到着したときにはすでに結論は出ており(というか選択肢はなく)、とにかくこれ以上数値が悪化しないうちに急速に誘発して出産を終わらせるしかないと決定されていた。

 ここから誘発剤点滴による3倍加速だといわれ、今朝まで24時間かけて培った「行ける」感がゼロになる。「これはあれだな、せっかくここまで努力して25% くらいまで下げてきていた Freak Out Meter(うろたえメーター)が、また 100 にリセットされてしまった感じだね」。選択肢はないし、気休めもない。俺に言えることは、「これからまた Freak Out Meter を下げていくしかない」ということだけであった。

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3:13 pm 点滴チューブがMに張り巡らされ、1時半に3倍誘発開始。明るいナースが「3倍よ〜」と笑うのがうらめしい。ムードを深刻にしないようにという配慮なんだろうが、事態はすでに深刻なので笑って元気を出す気になれない。が、3倍という名前からイメージされるような痙攣するほどの急激さはなく、着実に上がってきているようだ。俺たちの Freak Out Meter はまた徐々に下がっていく。SH、BV、LDのサポート部隊も全員また揃う。

 4:40 破水、拍手が起きる。が子宮頚部はまだ開いていないとナースにいわれる。がっくりくるM。

 ベイビーは見たこともないほど元気だとナースがほめる。普通1日中モニターしていれば、結果としてはなんともなくても一時的に心拍数がドロップしたりするものなのよ。それがこのベイビーはまったく安定しているわ。元気で健康はいいぞ。

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5:20 陣痛がより強く間隔が短くなる。痛みの合間を縫って、妊娠中に俺たちが習ったリラクゼーションマッサージ。Mはさすがにあれだけ毎週出産ヨガを練習しただけあって、完璧な呼吸法で痛みを逃している。その間合いにはスポーツ的美しさがある。

 6:50 Dilatates(子宮頚部開口)! ついに 1.5cm、拍手が沸き起こる。LDと俺が追い込み前の最終休憩と軽食。

出産というものにたいして「本当にそんなことが人間に可能なのか」と懐疑的だった俺にも本当にMが自分の力で出産してしまうようだと思えてきて感動しており、「すごい。Mはすごいよ」とLDに言う。Mはここまで習ったことを完璧に実行して痛みと戦っている。本当に出産してしまうんだ。すごいよ。俺はほとんどなにも喉を通らないほど度を失っているというのに。

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30 分ほどで戻るとMの痛みがかなり急速に増しており、前かがみでボールに座って唸り、SHとBVに介抱されていた。交替で入った別ナースの様子がおかしい。前かがみの姿勢だとベイビーの心拍がモニターに伝わらない様子。Mが上体を立てるとピックアップが戻り通常の 130 台が表示されるので問題なくベイビーは活動しているはずだが、ナースがうろたえてほかのナースを呼びに部屋を飛び出していったりするので俺たちも不安になり、俺は悪夢を見ているような気持ちになり息が苦しくなる。前かがみだとピックアップできないのであればポーズを変えるとMはいっているのだが、ナースが判断に迷っている。はっきり指示してくれよと怒鳴りたくなる。結局より断定的なナースにまた交代し、Mはベッドに戻らされる。より苦しそうで心配になる。ベイビーに異状はなし。

 8:00? もう記録など書いていられないほどMの情況は切迫している。痛み止めの笑いガス吸引開始。「ぜんぜん効かないわ!」とMがうめく。いや効いているはずだ、順調に出産は進んでいるよと繰り返すしかない。おんなじことばかり言わないでよとMが泣き笑う。ガスは感覚をストーンさせるだけで、痛みは変わりないようだ。

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9:00? 陣痛が非常に強いレベルに達する。誘発剤の効きが強すぎて陣痛の高まりとその間隔が短すぎ、まったく休めず、もう呼吸法もリラクゼーションもなにもできず、ただただ苦悶のうめきを上げている。昼間心配した通りのことになってしまった。あれほど固く念じていた「ベイビーに影響があるものは全禁」ポリシーを破り、Mは麻酔ドラッグをプリーズとうめき出す。厳しい顔つきのナースがドクターに相談しなければドラッグは与えられないから、しばし待てという。ドクターの指示を受けに彼女が部屋を出ると、こんなに切迫しているのにドクターが現場にいないのはなぜだ、なぜもっと早く決定できないのだと腹が立ってくる。このカナダの出産システム(主治医は自分のオフィスで患者を診るホームドクターなので、出産現場にはほとんどいない)は非情すぎるだろう。苦しみながらプリーズと叫び続けるMの姿に、俺はとうとう耐え切れなくなってしまった。廊下に出、タオルを顔に押し付け、座り込んでしまう。

 俺の様子に気づいたLDが出てきて俺を励ます。俺はなにもしてやれない、麻酔注射が彼女のためにいいことなのかどうかも俺には判断できない。なんて無力なのだ。俺にできるのは大丈夫だ順調だ行けるといい続けることだけで、だけど順調なのかも行けるのかも俺には全然分からないんだよ。LDは「出産クラスで習ったことを思い出すのよ」と元気付ける。「ドラッグに頼るしかないケースはあるのだから、そのときがきたらためらうなって習ったじゃない。Mの痛みと昨日からの疲労は尋常じゃないんだから、やるしかないのよ」。

 ドクターの指示を受けて戻ったナースが麻酔を 50cc 注射。Mのうめきがやや低くなるが、劇的な効果はない。そのうちに麻酔の効きよりも陣痛の強まりのほうがあっという間に上回ってしまう。脊椎麻酔が使えれば完全に無痛になるのだが、Mの血小板値が低い関係で使えないことがすでに分かっている。もうどうしようもない。俺はまたぞろ同じように、「今に薬が効いてくる、そしたら楽になるよ」と嘘をつく。これが効くかどうかなんて俺は知らないのだ

俺の声が震えているのに気づき、Mは目を閉じたままトモごめんね、泣かないでとつぶやく。痛みに耐えられない自分に罪を感じているらしい。なにを謝っているんだ。くだらない血小板のせいだ、君のせいじゃない。あんなに自然安産を目指して半年も前から毎週ヨガや出産クラスに通い、Mはこの日に備えたのに。途中まではそれがビューティフルに生かされていたのに結局こんなになってしまったのは、血小板減少によるトリプル急速促成陣痛のせいだ。

 10:30 頃にやっと主治医のドクターが現れ、Mの状態に険しい顔をして麻酔を調合する。なんでこんなに遅いのだと腹を立てつつ、Mの耳元で「ドクターが来たよ、もう大丈夫だ、すぐ楽になる」とささやきかける。これも嘘だと思いつつ。

 ドクターが俺の隣に座り、話しかける。12 時にもう一度 dilatation(子宮頚部開口度)をはかり、そこで決断を下そうと彼女はいう。12 時。あと1時間余もこのままだなんて。俺は、帝王切開はやはり出血で難しいんですかと聞いた。すると彼女は即座に、「いや、今日1日ずっと続けていた血液検査の結果から、私は問題がないと確信する」と答える。だったらそうしてください、もう見ていられないと俺が訴えると、彼女もその気になっていた。「自分の患者のこんな姿は、私も見たくはないわ」。ちょっと感動したが、だったらこんなにひどいことになる前に来て決断してほしかった。陣痛が来るたびにうめく以外は、ぴくりとも動けなくなっているM。

 そして繰り上げて 11 時半にチェック。さっきまで2〜3cm だった子宮頚部開口が、なんとそこで急速に 7〜8cm まで広がっていた。出産開始可能の 10cm まであと2cm。一瞬こないだ見たビデオのように、ここから奇跡の逆転で自然分娩だなんて流れになるのだろうかと戦りつする。そんなことになったら俺は絶対に止めよう。そんな美しいストーリーはいらない。俺とMがほしいのは、この苦しみの即座の終了だけだ。

しかしドクターたちも、「残念だけど、もう彼女は疲れ過ぎていてプッシュできないわね」と判断してくれた。俺は「もう、こんな彼女に、これ以上のことはさせられない」と意志を伝える。俺の言葉はほとんど言葉にならず、SHたちが泣きながらそれを代弁してくれた。あとで聞くとこのときドクターは、「血小板値がよくて脊椎麻酔さえできれば、問題なく出産させてやれたのに」と泣いていたそうだ。俺は気づかなかったが、ナースたちも皆泣いていたのだそうだ。

 「M、M、もう大丈夫だ、帝王切開をやるよ、もう痛くない。君もベイビーも完璧に問題なく終わる。もう終わるんだ、あとは手術の準備が済むまで待つだけだ」とMの耳元で俺はささやく。Mは理解できているのかいないのか、トモ、泣かないで、ごめんねとつぶやき返す。謝ることなんかなにもない、こんなひどい目にあわせて俺が悪かった。なんとかするべきだった。だけどもう大丈夫だ、次に目が覚めたらベイビーと会えるよ。もう大丈夫だ。

 手術医に頼みます頼みますとすがる気持ちで声をかける。ドクターは絶対大丈夫だ、信じろとにっこり笑う。ベッドに乗せられて手術室に運ばれるMを見送り、手術室のドアの前で待つ。俺は持ってきていた当家のお守り観音様をにぎってただただ涙をこぼしていた。お願いしますお願いしますお願いします、彼女とベイビーを助けてください。

 待つことおよそ 20 分、ドクターと執刀医が輝くような笑顔で、ベイビーを抱いてドアから現れた。ずっしりとしていてソリッドなベイビー。重い。こんな重い本物のベイビーが俺とMのものだなんて信じられない。Mは大丈夫ですか?もちろんよすぐに会えるわよと、ドクターは微笑みかける。出血も問題なかったとのこと。終わった。やっと終わった。午前0時半、病院に入ってから、実に41 時間が経っていた。

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 ベイビーを抱えて3階に上がり、計量と登録を行う。明るい光線にまばゆそうにし、それでも必死に目を開けなにが起こっているのかを確かめようとしている。すごいな。3600g、四肢に異常なし。ビタミン注射を打たれ、体温がもう少し上がるまでと暖かいオーブンに載せられたベイビーを皆で取り囲む。身体と手足の指がすごく長くてきれいだ。これは予定通りギタリストでもサッカープレイヤーでもどっちでもいけると俺がつぶやくと、ドクターが笑う。顔は日本人、というか俺みたいだ。これはトモ似だわねと皆がいい、なんてきれいなのと指を差し伸べる。ベイビーはくすぐったいのか身体をよじらせていた。

 それはともかくMに会いたい。今はベイビーよりもMのことの方が俺にはずっと心配だ。サポート部隊の3人に礼をいい強く抱きしめて別れ、俺はベイビーをときどき眺めたりしながら、Mが全身麻酔から覚めるのを待つ。2時の予定がはるかに時間がかかっている。やはりよほどのダメージを負っているのだろう。

 ベイビーケアルームでベイビーを眺めていたら、なにしてるのよ抱いてやりなさいとナースに手渡されてしまった。本当にびっくりするほどずっしりと感じる。さっきより目がぱっちりとし、これはひょっとすると美人なのではないかという親バカフィーリングがやや湧いてくる。自分の子、不思議な感じ。Mは十月これを抱いていたのだから感じ方が違うだろうが、俺は十月前の1shot ^_^; だけしかこの子の生産には貢献していないわけで、それなのにこんなに手応えのある重いものができてくるということにつくづく不思議を思う。

3時にやっと許可が下りて回復室でMと会う。Mは体温が下がり、なんと布団乾燥袋そのものの保温機にくるまれ顔だけ出していた。

やったよM、元気でものすごくきれいなベイビーガールだ。ほんと? すごいよ、身体が細長くて、指と脚の指がすばらしく伸びている。ほんと? ああ、ギタリストでもサッカープレイヤーでもお望み次第だよ。君はすごいベイビーを生んだよ。

覚えてないのよ、全部話してというMに、回復室から病室に移る許可が出るまでの間1時間、彼女が人事不省になってからなにが起きたのかを全部説明する。

 自然出産したかったのに、どうしても駄目だったのよ、ごめんねとまた謝るM。母子ともに無事なら、過程なんかなんだってかまうものかね。俺たちはどちらも初めてにしては年を取っていたし、第一に陣痛が始まってもいないのに突然出産を始めさせられて、身体の準備ができてなかったんだ。仕方がない。SHもBVもLDも泣いていたよ、Mは本当に頑張ったって。こんな難産になるなんて、誰にも分からなかったんだ。

 4時、やっと病室にMが移され、俺がベイビーを抱いてMに手渡す。彼女は「おお、おお」と、口から出るものが言葉にならなかった。言ったろう、君はこんなにきれいなベイビーを生んだんだよ。すごいよ。「なんてきれい子なの」。すごいよ。

ちょっとだけむずかるベイビーを抱きしめ、「おなかが空いてるかしら」と点滴のチューブがはりめぐされた姿で初乳を与えようとするM。その姿は、本当に美しかった。